ドバイとはカテゴリの記事一覧

ドバイとは

ドバイ

エミレーツ航空が関空からドバイへ飛行機直行便を飛ばしているので、観光に行かれた方も多いのではないでしょうか?

ついちょっと前だと、中東というと湾岸戦争のイメージが強かったけれど・・・

今では、超一流リゾート地と化してます。

一体どんな国なんでしょうか?

アラブ首長国連邦を構成する首長国の1つ。

地理:中東地域のほぼ中央、ペルシア湾に面した平坦な砂漠の地にあって、面積はアラブ首長国連邦の構成7首長国中第2位にあたる約3,885km²で、埼玉県とほぼ同じ大きさです。

人口:1980年の時点でわずか28万人足らずだったのが、15年後には約2.5倍に膨れ上がり、1995年におよそ70万人、2007年初頭にはおよそ120万人となっています。

言語:国語はアラビア語、官公庁の公文書もアラビア語ですが、英語、ウルドゥー語(インド人)、ペルシア語(イラン人)なども多く会話に用いられています。

ちょこっと歴史:漁業や真珠の輸出を産業の主とする小さな漁村であったこの地に、1830年代にドバイ首長国が建国され、1853年に他の首長国と同時に英国の保護国となります。

英国はこの地を、東インド会社に到るための、貴重な中継地としました。20世紀になると、自由貿易の政策を採ったことで、周辺地域の商人達の拠点となり、中継貿易港としての色合いを濃くしてゆきます。

1959年には、クウェートからの借金をもとにして社会インフラの近代化が図られ、1958年にはアブダビの、1966年には海上の油田が発見されました。

1971年の英国軍のスエズ以東からの撤退に伴って、同年の12月2日、他の6の首長国とともに、アラブ首長国連邦をこの地に結成し、原油依存経済からの脱却の取り組みと産業の多角化を進めてゆきます。その流れのうえで1981年(1985年)に開設に至った『ジュベル・アリ・フリーゾーン(JAFZ)』という名の経済特区、およびナショナル・フラッグ・キャリアとしてのエミレーツ航空の開港は、国外資本や外国企業の進出とあわせて『人』と『物』の集積地としての発展を急速に促していきます。

21世紀に入る頃には、近代化の波を経て、中東における貿易・商業の最大の中心地と呼ばれるまでのメガロポリスに変貌していきました。1970年代からわずか20年のうちに起こった変化は、都市外観のみならず、経済の石油依存率は半分以下に減じ、GDPの伸びは30倍に達するなど、『中世から近代への急変』しました。

2003年以降の発展は特に凄まじく、2004年の後半から続く原油高がその発展を更に後押ししています。2005年度の経済成長率は16%に達し、総数120万の民の都市となった。摩天楼の連なる幻惑的な百万都市を擁する都市国家として、中東でも随一の繁栄の様を今に示しています。



広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。